2004年03月03日 Wed
2004年03月06日 Sat
ジャガイモを植える準備
10:30-12:30
強風→小雨→雪がちらつく→曇り
畑の周りに出ていたフキノトウは天ぷらに。
苦みが大人の味って感じでおいしい。
次回はもっと沢山採ってこよう。
なにせ、そこら中に顔を出しているんだから。
敷地内にフキノトウが出るなんて・・・。
金沢暮らしでは考えられないこと。
田舎はいいね。(まだ、住んではいないけど・・・)
この間抜いた菊の茎と納屋にあった筵を、ストーブで燃やして灰を作った。
ジャガイモの切り口に擦り込むため。
植える予定の畝が水はけが悪そうなので、近くに800角×600Hの穴を掘って水を誘導する。
畝の土を除けて元肥えとして谷本氏からの肥料を混ぜる。
土の中の水分が抜けるまで、畝の土は次回まで除けたままにしておくつもり。
昨日金沢のホームセンターで種芋を買った。
今日珠洲のホームセンターを偵察してみるとそろえてある種芋の量が違う。
種類も量も本格的。やはり田舎は需要が多いんだなぁ・・・と感心した。
強風→小雨→雪がちらつく→曇り
畑の周りに出ていたフキノトウは天ぷらに。
苦みが大人の味って感じでおいしい。
次回はもっと沢山採ってこよう。
なにせ、そこら中に顔を出しているんだから。
敷地内にフキノトウが出るなんて・・・。
金沢暮らしでは考えられないこと。
田舎はいいね。(まだ、住んではいないけど・・・)
この間抜いた菊の茎と納屋にあった筵を、ストーブで燃やして灰を作った。
ジャガイモの切り口に擦り込むため。
植える予定の畝が水はけが悪そうなので、近くに800角×600Hの穴を掘って水を誘導する。
畝の土を除けて元肥えとして谷本氏からの肥料を混ぜる。
土の中の水分が抜けるまで、畝の土は次回まで除けたままにしておくつもり。
昨日金沢のホームセンターで種芋を買った。
今日珠洲のホームセンターを偵察してみるとそろえてある種芋の量が違う。
種類も量も本格的。やはり田舎は需要が多いんだなぁ・・・と感心した。
2004年03月14日 Sun
なんだかなぁ
取材者から送ってきた文章----------------------------------
日本では小学校の高学年ぐらいになるまで、子供部屋を個室化せずにお母さんと一緒に過ごすケースが多いんですが、欧米では、乳幼児の時から個室が与えられます。いま子供部屋を巡ってさまざまな問題が指摘されていますが、子供部屋の個室化は、子供の非行や引きこもりの原因ではないはずなんです。もしそうだとすれば、欧米の子供たちはみんなそうなってしまうことになります。そんなのあり得ないですよね。ですから、子供部屋を個室化することによる影響はないと考えています。
日本で個室化した子供部屋がなかったのは、住宅事情があまりに悲惨だったせいで、逆に個室化してきたということは、(住宅が)欧米に近づいてきたんだと思うんです。かつてはプライバシーという考え方もなかったわけです。そういった意味では、まだ個室といったものに慣れていないのかもしれません。「DNAにすり込まれていない」という言い方をしてもいいかもしれません。今の子供たちの親の世代も個室がもらえたり、もらえなかったりのころですから、その良さを十分に生かしきれていないのかもしれません。
建物というハードウエアは、子供の悪さに対して責任を持つこともないし、影響も与えていないと考えます。いま問われている問題に関しては、親の問題の方が大きいのではないでしょうか。それは、子供に対して親としての教育を十分にしていないということに尽きるような気がします。
子供はいずれ独立するもの。
住まいは夫婦の空間を大切にして
考えるべき
日本の住宅は20数年で建て替えられているのが現実です。仮に30年とした時に、個室の子供部屋が必要な期間は小学校の高学年から高校までと考えても10年弱です。3分の1ぐらいの期間のために、家の平面を子供中心にしてしまうのは無駄だと思いませんか。子供はいずれ独立します。また独立を望まない親もいないでしょう。そう考えれば、居心地がいい子供部屋は本当に必要なのでしょうか。わずか3分の1の期間のために、本来一番大切でなくてはならない夫婦の空間を犠牲にする必要はありません。ですから、家を建てる時は、まず夫婦を中心に考えるべきではないでしょうか。子供部屋は勉強しやすくする必要はありますが、それ以上の快適さを与える必要はないと思います。もし、より快適な空間を本人が望むのであれば、早く独立すればいいと、私は感じています。
新居が出来た時には、当然ですがその時の家族が入居します。ですが、それから10年経った後には子供が就職や進学などで独立するなどして家族構成が変わっているかもしれません。プランニングする時には、家族構成の変化を認識することが大切です。子供部屋にしても、「将来、子供部屋は2つ要らんな」と思うのであれば、仕切りの壁にはコンセントや柱がないようにして、簡単に取り外せるようにしておけば、自由度は高まります。まずは、あまり仕切らないことです。兄弟の性が異なれば、仕切りも天井まで必要でしょうが、同じであれば家具で仕切る程度でもいいかもしれません。
外国のホテルに泊まると、安いホテルでも天井高が3メートルぐらいあるんですね。方や日本はどうかと言えば、2・4メートルぐらいが一般的です。外国のような高い天井の中で生活したら、何かが変わると思うんです。でも、それが何かは、私には分かりません。でも、同じではないと思うんです。ただ、最初にも話しましたが、住まいというハードはいくら頑張っても、教育方針には影響を与えるものではないと思っています。それは、親子関係といったことに関しても同じでしょう。子供部屋を個室にするかオープンにするかという以前に、親が子供と話す時間を増やしていかなければ、それらは解決できないことではないでしょうか。
私が送った文章----------------------------------------------
―住宅が子供の教育に与える影響は大きくない―
子供室を考えるということは、建築が子どもの成長に影響を与えるのかについて考えることだと思います。個室を与えることで子供がまじめに勉強するだろうという期待は、幻想に過ぎなかったと今ではみんなが気付いています。もしかすると、よかれと思って作った子供室が非行や引きこもりの一因となっているのではないかと不安に感じたりもしています。はたしてプライバシーを重視した個室化が子どもの成長に悪影響を及ぼすのでしょうか。少し考えてみたいと思います。
日本では30年ほど前から、家を持つときに子供室を設けることが普通になってきました。それまでは和室がリビングであり、ダイニングであり、寝室であり、子供の勉強部屋でもあったわけです。そのころは、一つの部屋を多用途に使うことのできる「和室」の集合体が「家」でした。生活スタイルの欧米化が進むにつれ「和室」がだんだん減り、使い道の固定された「洋室」が増えてくる過程で子供室が登場しました。また、少子化が進んだため子供一人にかける教育費が増え、個室を与えるゆとりが生まれたこともあったのでしょう。
幼い頃は親とともに就寝し、小学校の中学年ぐらいになってから子供室で独り寝をするようになる日本の子供たちと違って、欧米では乳幼児期から子供室で独り寝をするのが一般的です。幼い頃から「個」の意識を植え付けられる欧米人ですが、だからと言って皆が子供室に引きこもっているわけではありません。それをみると個室化が悪影響を及ぼすわけではないことがわかります。現在の日本では、個室という概念を手に入れてから日が浅いせいもあって、うまく使いこなされていないから短所が表に出ているのかもしれません。
外国のホテルは、それがどんなに安いホテルであっても天井高が3〜4mくらいありました。その高さを体験したとき、日本の工業製品の寸法で決まった2.4mの天井高の空間で育つのとは何かが違ってくるだろうと感じました。しかし、本質ではありません。建築というハードウェアは子供の性格や行動を左右するほどのものではなく、やはり子供の成長に及ぼす影響が一番大きいのは、躾や教育だと思います。ただ、建築はほんの少しだけ、手助けぐらいはできるかもしれない程度に私は感じています。
住宅も社会と同じように、子供部屋という私的な部分とリビングなどの公共的な部分にわけて考えることができます。その間にどちらつかずの曖昧な緩衝地帯とでもいうような場所をつくることは意味があるのではないでしょうか。個室と廊下の関係は、「私」と「公」がドア一枚を隔てている状態です。その間にクッション的な場所があるとコミュニケーションもとりやすいように思えるのです。『押水の住宅』では、この場所に子供達の勉強スペースと本棚が手摺の役目も果たす廊下をあてはめてみました。その緩衝地帯は吹抜を介して「公」であるリビングにつながっています。声は聞こえるけど目線は通らない状態、しかし壁はない。そういう場所がこれから増えていけばと思います。
また、住宅において、主役は子供ではないと私は捉えています。しょせん子供は独立していきます。子供よりも夫婦(建て主自身)のライフスタイル、あるいは住まい方を考えた住宅であるべきでしょう。ゆとりがあれば子供部屋があってもいい、しかし、それは絶対条件ではないでしょう。例えば、子供が大きな音で音楽を聴くから壁を防音に・・・ではなく、自分で稼ぐようになってから彼(彼女)が自分で好きにやればいいのです。それより今は大きな音を出すことで、他の家族や近隣に迷惑をかけることを知る時期なのではないでしょうか。快適な子供室が与えられれば、独立する気もなくなるでしょうし。
さて、住宅を形づくる材料や家具についてはどう考えますか? 汚したり壊したりするから、子供が小さいうちは安くて汚れにくいモノを・・・という考えも間違っていません。大切に丁寧に使うことを学んでほしいから、末長く使えるもの、いいものを与えたい・・・これも正しいかもしれません。どちらを選択するかは、両親の教育とモノの価値観で決まるのでしょうね。建て主の価値観にそぐわない材料や家具を設計者が提案しても、意味がありません。しかし、昔から「ものを見分ける眼を持つには、いいものだけを見ろ」といいます。偽物や安物(価格の問題ではない)の中で育っては、いいものを見る眼は育ちません。できあいの総菜を買ってきて並べただけの食事を毎日していては、本当においしいものの味はわからないのと同じことではないでしょうか。本物で造られたものからは会話も弾むのではないでしょうか。「この机と椅子は栗の木からつくられているんだよ」「栗ってあの食べる栗?」「そう、あの木」「一緒に生きている木を観に行こうか」という具合。
こう考えると、家族が集まれるように工夫された空間も確かに大切な要素ですが、それだけでは感性が触発されません。脳の働きは、匂いをかぎ・触れ・聞き・味わい・観るということから活発になります。これは住宅を構成する素材とも関係するのではないかと感じています。よい材料は嗅覚・触感・視覚の3つの感覚を刺激します。これに加えて好奇心も刺激されそうな気がします。
ハードウェアは子供に対して何らかの快適さや感覚を刺激する材料です。正解はないわけですから、それがどれだけ重要かを判断するのは親の感覚・価値観なのかもしれません。
文章を大幅にかえたのが気に入らなかったのか、それ以来ぷっつり。
押水の住宅の方に掲載誌を送ると言っていたが、送らず。
ローレベルの取材を受けたのが失敗だった。
しかし、こんな文章で記者できるんだ。おどろいた。
日本では小学校の高学年ぐらいになるまで、子供部屋を個室化せずにお母さんと一緒に過ごすケースが多いんですが、欧米では、乳幼児の時から個室が与えられます。いま子供部屋を巡ってさまざまな問題が指摘されていますが、子供部屋の個室化は、子供の非行や引きこもりの原因ではないはずなんです。もしそうだとすれば、欧米の子供たちはみんなそうなってしまうことになります。そんなのあり得ないですよね。ですから、子供部屋を個室化することによる影響はないと考えています。
日本で個室化した子供部屋がなかったのは、住宅事情があまりに悲惨だったせいで、逆に個室化してきたということは、(住宅が)欧米に近づいてきたんだと思うんです。かつてはプライバシーという考え方もなかったわけです。そういった意味では、まだ個室といったものに慣れていないのかもしれません。「DNAにすり込まれていない」という言い方をしてもいいかもしれません。今の子供たちの親の世代も個室がもらえたり、もらえなかったりのころですから、その良さを十分に生かしきれていないのかもしれません。
建物というハードウエアは、子供の悪さに対して責任を持つこともないし、影響も与えていないと考えます。いま問われている問題に関しては、親の問題の方が大きいのではないでしょうか。それは、子供に対して親としての教育を十分にしていないということに尽きるような気がします。
子供はいずれ独立するもの。
住まいは夫婦の空間を大切にして
考えるべき
日本の住宅は20数年で建て替えられているのが現実です。仮に30年とした時に、個室の子供部屋が必要な期間は小学校の高学年から高校までと考えても10年弱です。3分の1ぐらいの期間のために、家の平面を子供中心にしてしまうのは無駄だと思いませんか。子供はいずれ独立します。また独立を望まない親もいないでしょう。そう考えれば、居心地がいい子供部屋は本当に必要なのでしょうか。わずか3分の1の期間のために、本来一番大切でなくてはならない夫婦の空間を犠牲にする必要はありません。ですから、家を建てる時は、まず夫婦を中心に考えるべきではないでしょうか。子供部屋は勉強しやすくする必要はありますが、それ以上の快適さを与える必要はないと思います。もし、より快適な空間を本人が望むのであれば、早く独立すればいいと、私は感じています。
新居が出来た時には、当然ですがその時の家族が入居します。ですが、それから10年経った後には子供が就職や進学などで独立するなどして家族構成が変わっているかもしれません。プランニングする時には、家族構成の変化を認識することが大切です。子供部屋にしても、「将来、子供部屋は2つ要らんな」と思うのであれば、仕切りの壁にはコンセントや柱がないようにして、簡単に取り外せるようにしておけば、自由度は高まります。まずは、あまり仕切らないことです。兄弟の性が異なれば、仕切りも天井まで必要でしょうが、同じであれば家具で仕切る程度でもいいかもしれません。
外国のホテルに泊まると、安いホテルでも天井高が3メートルぐらいあるんですね。方や日本はどうかと言えば、2・4メートルぐらいが一般的です。外国のような高い天井の中で生活したら、何かが変わると思うんです。でも、それが何かは、私には分かりません。でも、同じではないと思うんです。ただ、最初にも話しましたが、住まいというハードはいくら頑張っても、教育方針には影響を与えるものではないと思っています。それは、親子関係といったことに関しても同じでしょう。子供部屋を個室にするかオープンにするかという以前に、親が子供と話す時間を増やしていかなければ、それらは解決できないことではないでしょうか。
私が送った文章----------------------------------------------
―住宅が子供の教育に与える影響は大きくない―
子供室を考えるということは、建築が子どもの成長に影響を与えるのかについて考えることだと思います。個室を与えることで子供がまじめに勉強するだろうという期待は、幻想に過ぎなかったと今ではみんなが気付いています。もしかすると、よかれと思って作った子供室が非行や引きこもりの一因となっているのではないかと不安に感じたりもしています。はたしてプライバシーを重視した個室化が子どもの成長に悪影響を及ぼすのでしょうか。少し考えてみたいと思います。
日本では30年ほど前から、家を持つときに子供室を設けることが普通になってきました。それまでは和室がリビングであり、ダイニングであり、寝室であり、子供の勉強部屋でもあったわけです。そのころは、一つの部屋を多用途に使うことのできる「和室」の集合体が「家」でした。生活スタイルの欧米化が進むにつれ「和室」がだんだん減り、使い道の固定された「洋室」が増えてくる過程で子供室が登場しました。また、少子化が進んだため子供一人にかける教育費が増え、個室を与えるゆとりが生まれたこともあったのでしょう。
幼い頃は親とともに就寝し、小学校の中学年ぐらいになってから子供室で独り寝をするようになる日本の子供たちと違って、欧米では乳幼児期から子供室で独り寝をするのが一般的です。幼い頃から「個」の意識を植え付けられる欧米人ですが、だからと言って皆が子供室に引きこもっているわけではありません。それをみると個室化が悪影響を及ぼすわけではないことがわかります。現在の日本では、個室という概念を手に入れてから日が浅いせいもあって、うまく使いこなされていないから短所が表に出ているのかもしれません。
外国のホテルは、それがどんなに安いホテルであっても天井高が3〜4mくらいありました。その高さを体験したとき、日本の工業製品の寸法で決まった2.4mの天井高の空間で育つのとは何かが違ってくるだろうと感じました。しかし、本質ではありません。建築というハードウェアは子供の性格や行動を左右するほどのものではなく、やはり子供の成長に及ぼす影響が一番大きいのは、躾や教育だと思います。ただ、建築はほんの少しだけ、手助けぐらいはできるかもしれない程度に私は感じています。
住宅も社会と同じように、子供部屋という私的な部分とリビングなどの公共的な部分にわけて考えることができます。その間にどちらつかずの曖昧な緩衝地帯とでもいうような場所をつくることは意味があるのではないでしょうか。個室と廊下の関係は、「私」と「公」がドア一枚を隔てている状態です。その間にクッション的な場所があるとコミュニケーションもとりやすいように思えるのです。『押水の住宅』では、この場所に子供達の勉強スペースと本棚が手摺の役目も果たす廊下をあてはめてみました。その緩衝地帯は吹抜を介して「公」であるリビングにつながっています。声は聞こえるけど目線は通らない状態、しかし壁はない。そういう場所がこれから増えていけばと思います。
また、住宅において、主役は子供ではないと私は捉えています。しょせん子供は独立していきます。子供よりも夫婦(建て主自身)のライフスタイル、あるいは住まい方を考えた住宅であるべきでしょう。ゆとりがあれば子供部屋があってもいい、しかし、それは絶対条件ではないでしょう。例えば、子供が大きな音で音楽を聴くから壁を防音に・・・ではなく、自分で稼ぐようになってから彼(彼女)が自分で好きにやればいいのです。それより今は大きな音を出すことで、他の家族や近隣に迷惑をかけることを知る時期なのではないでしょうか。快適な子供室が与えられれば、独立する気もなくなるでしょうし。
さて、住宅を形づくる材料や家具についてはどう考えますか? 汚したり壊したりするから、子供が小さいうちは安くて汚れにくいモノを・・・という考えも間違っていません。大切に丁寧に使うことを学んでほしいから、末長く使えるもの、いいものを与えたい・・・これも正しいかもしれません。どちらを選択するかは、両親の教育とモノの価値観で決まるのでしょうね。建て主の価値観にそぐわない材料や家具を設計者が提案しても、意味がありません。しかし、昔から「ものを見分ける眼を持つには、いいものだけを見ろ」といいます。偽物や安物(価格の問題ではない)の中で育っては、いいものを見る眼は育ちません。できあいの総菜を買ってきて並べただけの食事を毎日していては、本当においしいものの味はわからないのと同じことではないでしょうか。本物で造られたものからは会話も弾むのではないでしょうか。「この机と椅子は栗の木からつくられているんだよ」「栗ってあの食べる栗?」「そう、あの木」「一緒に生きている木を観に行こうか」という具合。
こう考えると、家族が集まれるように工夫された空間も確かに大切な要素ですが、それだけでは感性が触発されません。脳の働きは、匂いをかぎ・触れ・聞き・味わい・観るということから活発になります。これは住宅を構成する素材とも関係するのではないかと感じています。よい材料は嗅覚・触感・視覚の3つの感覚を刺激します。これに加えて好奇心も刺激されそうな気がします。
ハードウェアは子供に対して何らかの快適さや感覚を刺激する材料です。正解はないわけですから、それがどれだけ重要かを判断するのは親の感覚・価値観なのかもしれません。
文章を大幅にかえたのが気に入らなかったのか、それ以来ぷっつり。
押水の住宅の方に掲載誌を送ると言っていたが、送らず。
ローレベルの取材を受けたのが失敗だった。
しかし、こんな文章で記者できるんだ。おどろいた。
「旧諸江屋改修工事」「押水の住宅」
「押水の住宅」と「旧諸江屋改修工事」の資料印刷
23:00-05:00
解像度の高いカラー印刷は時間がかかるなぁ・・・。
印刷自体はそれほどでもないのだが、元データを開くだけで時間がかかるわけ。
北陸建築文化賞とか石川建築賞の応募のため
どの建築をどの賞に応募するか思案中
応募料がかかったりするからね
23:00-05:00
解像度の高いカラー印刷は時間がかかるなぁ・・・。
印刷自体はそれほどでもないのだが、元データを開くだけで時間がかかるわけ。
北陸建築文化賞とか石川建築賞の応募のため
どの建築をどの賞に応募するか思案中
応募料がかかったりするからね
2004年03月23日 Tue
2004年03月25日 Thu
「さかえや」
設備設計打合せ 現地 12:30-15:45
築9年。
設計は広瀬与志雄建築設計事務所。施工は大林組。
建築の施工図で残っているのは躯体図のみ。
内装や建具などの施工図は一切無い。
設備の施工図は配管の位置も違うし途中経過をまとめただけ。
普通、改修工事で必要になるのは設計図より施工図です。
しかし、これほど雑にしか残っていないと一から調査が必要になる。
何十年も経っているなら仕方がないのだが、
たった9年前の建物でこういう状態だとまいる。
設計事務所も設計事務所なら建設会社も建設会社だ。
一流といわれる大林組だが、私に言わせると三流以下。
規模や売上が大きいから良い建設会社ではない。
設計事務所も同じ。
ひどい目に遭うのは、建て主と改修の設計をする私達。
築9年。
設計は広瀬与志雄建築設計事務所。施工は大林組。
建築の施工図で残っているのは躯体図のみ。
内装や建具などの施工図は一切無い。
設備の施工図は配管の位置も違うし途中経過をまとめただけ。
普通、改修工事で必要になるのは設計図より施工図です。
しかし、これほど雑にしか残っていないと一から調査が必要になる。
何十年も経っているなら仕方がないのだが、
たった9年前の建物でこういう状態だとまいる。
設計事務所も設計事務所なら建設会社も建設会社だ。
一流といわれる大林組だが、私に言わせると三流以下。
規模や売上が大きいから良い建設会社ではない。
設計事務所も同じ。
ひどい目に遭うのは、建て主と改修の設計をする私達。
2004年03月27日 Sat
いろいろ植える
畑 08:30-16:00
晴れ
押水の住宅でおばあちゃんに貰ったニラを植える。
ジャガイモを植える。
アスパラガスを植える。
里芋用の畝を耕す。

縄を編む機械です。

右側の漏斗状になった部分から藁を入れ
下のペダルを踏むと縄になって出てくる。

藁の繊維をつぶす機械。
下の板を踏むと左右の木がぶつかる。
逆U字型になった竹バネで動く。

ペダルをちょっと踏んだところ。
藁をはさんで、もっと踏むと
左右の木がどかんとぶつかる。

雑穀の選別器の横面。

選別器の出口

選別器の全体像。
奥に背負い子がある(上下逆だけど)。

今日のオオカメノキ。

今日の山椒。

今日のエゴノキ。

畑の様子。
ブルーシートをかぶっているのが
谷本氏からいただいた肥料。

今日のニンニクの芽。

今日のたまねぎ。

今日の豆。

じゃがいもを植えました。
左側の山は、育ちに合わせてかける土。

左がジャガイモを植えた畝。
一番右側は土起こしの終わっている畝。
真ん中の二つが里芋用。
二つの真ん中に土寄せのための土を山にしてある。

蕗の薹がいっぱい。

でも、とうがたってしまった。

いただいたニラの株を三つにわけて植えました。
―今日の支出―
里芋種芋850円
アスパラガス苗750円
枝豆種145円×2
晴れ
押水の住宅でおばあちゃんに貰ったニラを植える。
ジャガイモを植える。
アスパラガスを植える。
里芋用の畝を耕す。

縄を編む機械です。

右側の漏斗状になった部分から藁を入れ
下のペダルを踏むと縄になって出てくる。

藁の繊維をつぶす機械。
下の板を踏むと左右の木がぶつかる。
逆U字型になった竹バネで動く。

ペダルをちょっと踏んだところ。
藁をはさんで、もっと踏むと
左右の木がどかんとぶつかる。

雑穀の選別器の横面。

選別器の出口

選別器の全体像。
奥に背負い子がある(上下逆だけど)。

今日のオオカメノキ。

今日の山椒。

今日のエゴノキ。

畑の様子。
ブルーシートをかぶっているのが
谷本氏からいただいた肥料。

今日のニンニクの芽。

今日のたまねぎ。

今日の豆。

じゃがいもを植えました。
左側の山は、育ちに合わせてかける土。

左がジャガイモを植えた畝。
一番右側は土起こしの終わっている畝。
真ん中の二つが里芋用。
二つの真ん中に土寄せのための土を山にしてある。

蕗の薹がいっぱい。

でも、とうがたってしまった。

いただいたニラの株を三つにわけて植えました。
―今日の支出―
里芋種芋850円
アスパラガス苗750円
枝豆種145円×2