1999年10月02日 Sat

「珠洲の住宅」

珠洲の住宅の写真撮影。今月半ばくらいに『これまでの作品』を更新できそうです。週間予報では天気がいいはずだったのに当日には夕方の降水確率60パーセントになっていて、ちょっとクラ〜イ気分で珠洲へ。今回は三輪さんとアシスタントに沖クンの二人で撮影して貰いました。夕焼けをバックに撮りたかったアングルが二面あるのですが、風が強く雨まで降ってきて諦めたのが残念。悔しかった!!! 金沢を6:00に出て帰ってきたのは21:00でした。三輪さんは明日横浜での展覧会に出席するとのことで夕食をとってから東京へ帰られました。雨が強かったのですが、大丈夫だったでしょうか ?

三輪晃久写真研究所

「珠洲の住宅」

撮影 三輪晃久写真研究所


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1999年10月16日 Sat

「広島の住宅」

撮影 三輪晃久写真研究所


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1999年10月21日 Thu

長野の建築

金沢06:00発→安曇野ちひろ美術館→長野市今井ニュータウン→東山魁夷館→NHK長野放送会館→吉坂隆正展→長野市泊


安曇野ちひろ美術館
長野県北安曇郡松川村西原3358-24
内藤廣建築設計事務所

内藤氏の建築を観るのは初めてで、かなり期待しての見学。観光バスが何台も駐車場に停まっていて凄い人だった。廻りの公園を含めて建築家がデザインしているので、よくある「建築と土木設計の違和感」も感じられずよかった。駐車場から広々とした公園を歩かせることによって、山々に合わせた屋根の勾配を感じることがでる。アプローチが長い建築はそれだけで贅沢な気分が持てて好感が持てるのだ。

屋根の大きさに対してのガッタの大きさがちょっと気になる。連続屋根にしたとき、谷部分に溜まる雪を考えると仕方のないことなのだろう。
思ったよりフレームはこじんまりとしていて「海の博物館」を雑誌で見たときのような迫力は感じられなく、インテリアの棟部分のR状のものも単に化粧にみえてしまう・・・って、化粧か ?

エントランスを入ったところにある受付は、Uの字状になっているために、入るなり裏が全部みえてしまうのが気に掛かる。ある意味親しみ易くも感じられるけど・・・。「いや、裏はないんだよ」という設計なのかもしれない。うん、確かにそれが一番良い姿だ。

Yチェアなどの有名な椅子のミニチュア版が子供コーナーに置いてあった。そういう既製品があるのか? 可愛いので、欲しくなってしまう。だれか、知ってる?

カフェテリアは、外にもテーブルが並べられて気持ちがいい。季節がいいと最高だね。でも、でてくる軽食は、レンジでチンしたものでちょっと悲しい。折角だから本物を出せばいいのにネ。

裏側に、コの字型に腰壁をたてて空調の屋外機を置き、廻りに植栽を配して隠していた。台数分ぴったりで、その後増設された屋外機がその外に置かれてしまい、竪樋に似せた配管の中に冷媒管とドレン管が通されていた。設備関係のスペースをぎりぎりまで切りつめるために、増設や更新に対処できないものを作家事務所の建築で見かけるが、そういうところを見てくることも建築見学の大切な勉強の一つだと思う。如何でしょうか ?

床は無垢の木を張っていた。屋外に換気口(40φくらいの小さいもの)が、あるところを見ると転ばし根太で施工しているのか。しかし、換気口があまりにも小さいことと、その位置が地面ぎりぎりなのはまずいような気がします。いくら庇が出ているといっても・・・。 長野だし・・・雪が吹き付けるよねぇ。

作家事務所には珍しく、木製サッシュ+ペアガラスで開口部の性能にはお金が掛かっていた。デザインにお金を回してしまって性能にお金をかけない事務所って多いんだよね。

現在、増築中・・・。工事をしていたが残念ながら仮囲いで中はみえなかった。
ここは絵画以外の撮影OK。こういうのは嬉しいね。

先日(2000/02/25)、金沢で行われた新建築社主催の内藤氏講演会の後の懇親会で質問してみた。背景になる山の稜線と屋根の勾配は計算してのものかどうかを・・・。『計算して合わせたわけではないが、設計前に敷地に立って肌で感じ脳裏に焼き付けたものが、屋根勾配になってでてきたのではないか・・・と思う。だから、敷地を実感しないまま設計してしまうことがあるコンペなんかだとこういう偶然は生まれないだろうね。偶然といっても体感から来る必然的な偶然ともいえるかも知れないね。』・・・とのことだった。計算して合わせたっていうよりずっと格好いいじゃん。建築家・・・は、肌で感じないと・・・なのだ。

金沢の中村家の住宅を設計されたときに、最初に、和室の通されて中村梅山氏のお茶碗で抹茶をいただいたそう。手に持ったときの重さといい肌触りといい、口当たりといい、素晴らしい物だったと内藤氏は仰っていたが、ある意味・・・これがわからないようじゃ、うちの設計は頼めないよ・・・という試験のような気がしないでもない。・・・と僕は感じた。それが、僕だったら、どう反応していたのだろうか? 全然、わかっちゃいないだろうな。 内藤氏は肌で感じられたのだろうか? とっても僕にそんな自信はないなぁ。それには、いい物に触れる・・・しかないよね。

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長野市今井ニュータウン
長野県長野市川中島町今井
新井千秋都市建築設計他
遠藤剛生建築設計事務所
近代建築研究所他
スタジオ建築計画他
富永譲+フォルムシステム計研究所他
内藤廣建築設計事務所他
長谷川逸子・建築計画工房他

元、長野オリンピックの選手村だったのを公務員宿舎に。何人もの建築家がやっているだけあって、歩いていても風景が変わり凄く楽しかった。私の好みは元倉真琴さんの高層棟でした。シンプルなのですが、センスが光っています。遠藤氏のフレームにバルコニーを入れたものは一層おきに大きいバルコニーがあり、その大きさは使いでがありそう。でも椅子やテーブルを出してある家はなくて、どう使っているのだろうと不思議だった。もったいないなぁ。上の階から丸見えなので、有効利用しにくいのかも ?

バルコニーの手摺に樹脂性のものを使っているところが多かったのですが、和泉は、『樹脂だとなんとなく気持ち悪くて布団を干す気にならない』と言っていた。汚れ具合は同じだろうけど、感覚として・・・という意味か。それなら集合住宅の景観を悪くする『布団干し』がなくなりそうだけど、そこはしっかり干されていた。陽への要求の方が強いということだね。

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長野県信濃美術館・東山魁夷館
長野市箱清水1-4-4
谷口建築設計研究所
竹中・守谷建設JV
1989.12 SK1990/07/P258・NA1990/0625/P80
内部の撮影ダメ

建築士会の全国大会が長野で開催されているので館内は建築士ばかり。『この仕上は・・・』などという会話ばかりが聞こえてくる。谷口氏の設計では、久しぶりに金属の外壁のものを観た。小さい作品でシンプルです。 トイレ前の廊下に開口部があり、その高さは床から肩あたりまででガラスが入っている。その外の庭は足元だけがみえて奥の方は壁で切られて見えない。覗き込んでみると空調の屋外機がある。取り立てて壁などで隠そうとはしてはいない。通常の使い方で見えなければいいという割り切りも必要かも・・・と改めて考えさせられた。壁があるより無い方が屋外機も調子がいいしな。まぁ、これは谷口氏だから『なるほど』だけど、私がやると『もう少し気を配れよな』と言われそうな気もする。建築家の設計を見ると神経質さが行き過ぎの様に感じられることがよくあるが、私にとってこういう処理はすごく好ましく感じた。

隣にたつ日建設計の長野県信濃美術館は、あくが強い建物だけに、このシンプルな形と材料には、ほっとするものを感じてしまう。池に張り出した庇とラウンジから池越しに見える松の樹がなんとなく『和』を感じさせる。ラウンジに座って池を眺めていると陽の光が反射して天井に当たり、その光が風と共にゆらいで、いかにも水音がきこえてきそうだった。

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吉坂隆正展
10/09/99-10/24/99

夜、長野の街を歩いていると『平安堂南千歳店』2階アートサロンと3階ホールで『吉坂隆正展』が建築士会全国大会に合わせてやっているのを見つけた。迫力のある図面を観ることができて、今回の旅行では、建築を観るよりも一番の収穫だったかも。

1999年10月22日 Fri

「谷口建設社屋」

建築士会連合会賞表彰式 1999/10/22(金)13:30 -
会場 ビッグハット 長野市大字若里923-1 tel 026-223-2223

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左から順に柳川陽文氏・小林郁雄氏・菊竹清訓氏(士会連合会会長)・宮本忠長氏(長野県建築士会会長)・近藤道男氏・私


募集締め切り 1999/05/31
現地審査連絡 1999/07/01
現地審査 1999/08/02
入賞連絡 1999/09/01
入賞発表 1999/10/01
審査委員長 山下和正 
審査委員   秋元和雄・後藤眞理子・材野博司・佐久間博・佐野幸夫・平倉直子


応募作品56点・表彰式への旅費支給あり・賞金あり(30万円・税引後27万円)・建築主、施工者への記念品(置き時計)あり(後日宅配便にて)
第15回のための募集ポスターを作成中とのことで、階段の写真を使いたいのでポジを送って欲しいという連絡有り 1999/12/15


審査総評

作品賞審査委員長山下和正
第14回日本建築士会連合会賞に対し、16建築士会から56作品の応募があった。従来は30点前後の応募数であったものが、昨年は50作品と一挙に増加したが、今回はさらに増加したことになる。
第一次審査では審査員全員が参加し、資料を熟覧して投票を行い、5及び4票を獲得した全作品7点及び3票を獲得した6作品の中から3点を選び、合計10作品を現地審査の対象とした。
現地審査は7名の審査員が2〜4名に分かれて、7月中旬から8月下旬までの間に行った。現地審査では建物を実見するばかりでなく、設計者や施工者・建て主などから直接さまざまな説明を受けることができ、提出資料だけでは読み取れないさまざまな情報を得ることができた。
最終審査には委員全員が出席し、(1名病欠につき、書面にて審査意見を提出)、まず作品ごとに現地審査を行った報告を行い、質疑応答が繰り返され、全員が意見を述べ合う形でほぼ共通の情報が得られるようにと時間をかけた。その後1作品ずつ入賞の可否について採決を取り、まず4作品がほぼ全員賛成で優秀賞に決定された。次に残った6作品の中から優秀賞を拾うかどうか、また奨励賞を選ぶかどうかが検討され、結果的にこの中から2点の奨励賞が決定された。
優秀賞の「棚倉町立社川小学校」(近藤道男)は設計者の学校建築に対する永年の蓄積を集大成した労作であり、さまざまな要素に対するきめの細かさが評価された。「群馬県立しろがね学園・渡良瀬養護学校しろがね分校」(船越徹)は厚生省と文部省の2省が所管する大規模な福祉と教育の複合施設で、複雑な機能を有する全体をひとつの形に無難にまとめあげている。「谷口建設社屋」(長村寛行)は地方の小建設会社の社屋であるが、木造の良さを生かした新しい感覚の佳作で、作者の創意工夫が随所にみられる。「淡路サービスエリア上り線休憩施設」(柳川陽文)は、高速道路のアイキャッチとしては控えめであるが、明るい室内空間は、採光にさまざまな工夫がなされ、活気があって魅力的な雰囲気をつくり出している。
奨励賞の「平成ドミノ・堺」(横河健)は大胆な住戸配置プランを持つ開放性の高い高層住宅で、その実験性が評価されたが、住戸のプランや住戸から庭園への連続性に多少の問題点が指摘された。「大興蓼科山荘」(北森俊妃護)は森林の景観に素材の上でも形態の上でもマッチした好感の持てるたたずまいを見せているが、外部空間の利用の仕方にもう少し工夫があってもよいのではとの指摘があった。
第一次審査には上記の他「コスモスライフ赤坂ビル」(田中幸男)、「北鎌倉明月院草庵・月笑軒」(山本良介)、「ハービスOSAKA」(苫名正)、「佐川美術館」(内海慎介)などが選ばれ、いずれも力作であったが、惜しくも賞を逸した。
今回の受賞作は、今までで最も激戦であったということもあってか、いずれもレベルが高く優れた仕事であった。立地がすべて地方(非大都市圏)であったという点では珍しい現象であったが、設計者の活動拠点は、金沢の長村氏以外はやはり東京と大阪であった。昨今の現象をよく反映した結果というべきだろうか。地方在住の設計者がもう少し活躍してほしいところである。
最後にこの場を借りて、応募いただいたすべての方々と現地審査にご協力いただいた関係者各位に厚くお礼を申し上げる。


棚倉町立社川小学校 近藤道男 (評/後藤 眞理子)

福島県南部の棚倉町に建つこの小学校は、町にとっての<歴史の継承と文化育成の拠点>として構想され、建設にあたっては地元の熱い思いと大きな期待が寄せられた。計画の段階では住民や教職員の他に保護者・児童も加わり、全部で30回に及ぶディスカッションが行われたという。敷地はそれまでの校地に加え、泉や雑木林などの残る土地が確保され、糸トンボの群生する池や林にも隣接する。建物はそれまでの土地の形状を壊すことなく緩やかな斜面に沿って配置され、子どもたちは中庭や屋外の自然環境の中で思う存分遊ぶことができる。全学年6学級という小さな学校だが、校舎の設計にはいろいろな試みがみられる。教室棟、管理・特別教室棟、ランチルームなどを音楽堂のある中庭を囲んでスロープでつなげ、外周壁はRCだが、空間に開放感をもたせるためと、木材の産地であることを考慮して屋根は木造である。小屋は大断面集成材を使い、棟ごとに異なる架構方式がとられた。建物全体が変化に富む楽しい空間となっている。設計プロセスを含め、これからの学校づくりへの提案と試みがバランスよく実現できた作品である。


群馬県立しろがね学園・群馬県立渡良瀬養護学校しろがね分校 船越徹(評/佐久間博)

私の知っている知的障害者教育の現場にいる女性は、知的障害者にとっての良い住まいについて、次のように言います。五感に心地よい刺激を与える材質の、感覚能力が十分に発揮できるような建物。落ち着いた時間の流れる、深い静けさがあること。自然に恵まれ、植物やいきもの(いぬ、ねこ、うま、とりなど)にふれあえること。プライベートとパブリックなスペースの区切りがあること。具体的なイメージとしては、木造。採光が良く明るい場所と影の部分もある田舎の田園の中にあります。打放しのコンクリート、ガラスの大きな開口、シャープな鉄のフレーム、そう、私達の都会の最新の建物(現代建築が追い求めてきた姿 ?)と同じです。それは、おそらく設計者の無意識の深い思いやり、「彼らがいずれ社会復帰する現実に1日も早く慣れさせてあげたい。だからこそ、ここの空間は、現代の建築の流れにそった質の高いものに。」の現れでしょう。


谷口建設社屋 長村寛行 (評/秋元 和雄)

審査の日、単線の「のと鉄道」は富山湾を右手に、のどかに目的地に向かっていた。車窓からは施釉された黒い瓦が印象的な集落が次々と展開される。在来工法でほとんど新建材が使われていない姿は、今となっては、大変貴重な眺めと言えよう。谷口建設社屋は製材所を併設する建設会社らしく、木の香が漂うオフィスビルだ。建物は、Show Roomとしての役割をもたせた設計との説明通り、コンクリート、鉄骨、木を適材適所に配された混構造で、巧みにコントロールされたインテリアデザインと木造家具であたたかい雰囲気にまとめられている。フロアーヒーティングの為フリーアクセスフロアーの替わりに腰部分に設けられたOA機器用配線スペース、書類入れの上に乗せられた集成材のパネルによる広いパソコンスペース、既製品を利用した移動棚、会議室の壁に組み込まれた空調ユニット等々、細部に至るまで精緻にデザインされている。在来工法でほとんど新建材が使われていないが、表現はモダーンで意欲的だ。Uターンしてこの地で活躍する若い建築家と建設会社である施主と施工者の思いが一致した、小品ながら質の高い建物は、日本建築士会連合会賞に値する。


淡路サービスエリア上り線休憩施設 柳川陽文 (評/佐野 幸夫)

サービスエリアは明石海峡大橋のたもと、大阪湾を前景に阪神を一望する丘の中腹にある。道路管理協会は、絶好の立地と多様化する利用に応えて、往復ドライブが可能な上下線回遊方式、立地に相応しい外構デザイン、コンペによる設計者選定など、意欲的に取り組み、見事な成果を上げている。上下線の二つの施設は、同じ設計条件の下に別の設計者によって設計されている。軽快な金属外装、眺望を重視した大きな開口、外構と建築の相関など手法を共にする一方で、建築各部にはそれぞれの工夫を凝らしている。上り線施設では歩道並木で樹影を作り、これがアメニティー演出の格好の場になっている。強い照り返しに備えて、駐車場側のガラス開口には中間輝度面を作る幅広の鋼板方立を設け、高窓による天井採光や、トップライトによる内部採光を加えて、輝度差の出やすい大空間を明るく柔らかく仕上げている。運営時間や運営形態の異なる施設内部の計画は、ゾーニング、デザイン共に快適なものである。外壁ガラスブロックのトイレは明るく、多様な利用者に配慮した平面計画、清潔を保つ材料の選択やディテールの工夫、採光と換気の工夫など、周到な計画は見事なものである。


平成ドミノ・堺 横河健 (評/平倉 直子)

幹線道路(市電も走る幅50m)沿いに建つ社員寮の第一印象は、柱状のブロックを四隅に建ち上げ、オープンスペース(空中庭園)を間にはさみながら継いでいることによって、軽快感があり、定型化した集合住宅からは想像できない何かを期待させるものがあった。一見するとこの空中庭園がぜいたくにも、また奇抜にも見えがちであるが、延べ床面積を消化しながらレンタブル比80%を満たし(除外面積を含めても70%)、中高層集合住宅に求められる避難上の安全対策と採光や通風、眺望といった戸建て感覚に近い居住性、緑化地域としてのうるおいを居住者と近隣が共有し得ること、等々を限られた予算の中で相乗的に解決し、効果を上げている点で、この役割は大きく、並々ならぬ作者の意図を感じる。更にこの集合住宅は、同一平面によるメゾネット形式の住戸を4戸螺旋状に回転させながら立体的に積み上げていくというシステムを持ち、この空間構成のアイデアをSRCラーメン構造による4体のタワーと、それらをRCの無梁版でつなぐ構造によって、上下移動などの吹き抜けや、プランニングの自由を確保し、なおかつ、低層から高層までに対応するという、完成度の高い計画である。集合住宅の可能性を広げる試みとして、評価に値するものである。


大興蓼科山荘 北森俊妃護 (評/材野 博司)

洋風の研修施設や保養所が並ぶ別荘地で、樹々の間に現れる「大興蓼科山荘」の木造のたたずまいは、別荘という非日常的空間でありながら、永く木造に親しんできた遺伝子の日常的潜在記憶を、出会いから懐かしさとともに新鮮によみがえらせてくれる。ほとんど造成せず、斜面敷地の高い側にあるアプローチ空間は木造、反対側の低い半地階空間は鉄筋コンクリートで支えつつ、水平に並べた姿は、真っすぐに垂直に立つカラ松林群との対比の美をつくり出している。また、各室を地形に沿って雁行状に配することによって、個人別荘の集合のしつらえを思わせるヒューマンスケール感と軽やかさがにじみ出る。これらは環境を大切にする自然との共有デザインを目指すものであるとともに、保養所空間が本来持つべきである、やすらぎの極を提供してくれる。それでいて、エントランスホールからダイニングtねラウンジへと続く空間は、斜面に合わせて下降させ、その途中で天井の立体トラスの構造体をダイナミックに見せつつ、その先のラウンジで南面の窓一杯にカラ松林の風景を巧みにとりこむというシークエンス(動くに連れて変化する空間の連続性)の動的面白味も印象づけてくれる作品である。

 作品賞
 賞設計者 所属建築士会 事務所名
建物名称
所在地
施工者
建築主
優秀賞近藤道男 東京建築士会 近藤道男建築設計室
棚倉町立社川小学校
福島県東白川郡棚倉町
戸田建設株式会社東北支店
棚倉町
優秀賞船越徹 東京建築士会 株式会社アルコム
群馬県立しろがね学園・群馬県立渡良瀬養護学校しろがね分校
群馬県前橋市
佐田建設株式会社
群馬県・群馬県教育委員会
優秀賞
長村寛行 石川県建築士会 Architect Office Strayt Sheep

谷口建設社屋
石川県珠洲市
株式会社谷口建設
株式会社谷口建設

 優秀賞柳川陽文 大阪府建築士会 株式会社小河建築設計事務所
淡路サービスエリア上り線休憩施設
兵庫県津名郡淡路町
戸田・淡路土建淡路SA上り線休憩施設等新築工事特定建設工事共同企業体
本州四国連絡橋公団第一管理局・財団法人本州四国連絡道路管理協会
 奨励賞横河健 東京建築士会 株式会社横河設計工房
平成ドミノ・堺
大阪府堺市
株式会社森本組大阪本店
大同生命保険相互会社
 奨励賞北森俊妃護 東京建築士会 KAJIMA DESIGN
大興蓼科山荘
長野県茅野市
鹿島建設株式会社関東支店
大興物産株式会社

業績賞
優秀賞阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク代表世話人
小林郁雄 兵庫県建築士会 株式会社コー・プラン
著作及び実践活動 「『復興市民まちづくり』の刊行及び支援活動」
発行所 株式会社学芸出版社
奨励賞伊藤邦明 宮城県建築士会 東北大学
著作 「旧仙台藩要害-金ヶ崎-」
著作 「伝統的建造物群保存対策調査報告書」
発行所 金ヶ崎町教育委員会
奨励賞後藤道雄 沖縄県建築士会 有限会社清武建設
実践活動及び技術の開発 「環境保全に資する一連の建築技術的
社会実践活動及びそれに伴う研究開発」

長野

長野市内→市民文化ホール・ビッグハット→蕎麦屋二軒はしご→長野市内泊
ネットコンテストの副賞は『リンゴ10kg』、これはラッキーでした。

1999年10月23日 Sat

長野の建築

長野市発→飯田市小笠原資料館→飯田市美術館→神長官守矢史料館→岡谷市立湊小学校→松本市泊


飯田市小笠原資料館
長野県飯田市伊豆木3942-1番地
妹島和代+西沢立衛/妹島和代建築設計事務所
太田建設
1999.03 SK1999/07/P154・NA1999/0712/P80

あまり標識らしきものがなくちょっと道に迷ってしまった。私達が行ったときには、4人くらいのグループと学生さんが一人、中年の夫婦が一組が見学に来ていた。 学生さんに感想を聞くと、『すごくよかった、曲面はスタディを繰り返したんでしょうね。』というのが最初の言葉でした。話をしていると彼は『マルチメディア工房』等も観たらしいが、ここと同じく模型的な造りで、かなり汚い感じだったとか。

私は妹島氏の作品を初めて観るのはこれが初めて。これまで考え方の新しさについてはすごいけれど、建築というハードウエアとしての造り方には、疑問を抱いていた。雑誌の写真で観るとすごく綺麗・・・線が少ない・・・ディテールレスに見えるのです。納まりがうまくてディテールレスにみえるのか、または、ホントにティテールがないのかどちらなんだろう・・・と。

材料の違う物がぶつかるときには、そこにディテールという『納まり(おさまり)』を考える必要がある。材料の温度や水分による伸縮とか径年変化による狂いを吸収するにはどうしたらいいかを納まりとして考える必要がある。それを『必死でやっているよ』って顔をした納まりになるのは格好悪いので、『んなの、楽勝』って顔をしながら見えないところできちんときめている・・・ってのが、格好いい。ディテールが無いようで、実は考えてある・・・ディテールレスに見える・・・のだろうか、それとも考えてないのだろうか・・・と、妹島氏の作品を見る度に思っていた。

残念なことに、私にとってはコンセプトとカッコだけの建築に見えた。この建物は今年竣工したばかりなのに、もう塗装が膜状に剥がれ、展示室のPタイルは紫外線と温度変化のためガラス際は浮いていた。10年後の姿が見えるようだった。一階ピロティの柱は樹脂製の材料で囲い半透明に見せているのだが、いつまでその樹脂が姿を保つことができるのか ?

所詮、建築物は恒久的なものではなくて、更新していくものだという観点では、樹脂を使おうが紙を使おうが、ダメになったら取り替えればいいサ・・・と考えるならばそれもアリだろう。しかし、私の価値観ではもう少し、永く持たせるのが建築だと思っている。そこが、インテリアデザイナーと建築設計者の違いだと思っている。、妹島氏の作品ではその価値観や恒久性にまで踏み込んで、『いや、建築なんてそこまで求めなくてもいいじゃん、肩肘張らずに・・・』と言っているのか ?

展示品は展示ケースに入っているから大丈夫なのか不思議なのだが、二階の展示室内に入った瞬間、塗装の溶材の臭いがプンとしていた。ここは普段のお客さんが少ないせいだろうか、来客があると管理人さんが鍵を開けてくれる。自然換気が無いために、内部の空気はよどんでペンキの臭いがたちこめているのだ。外の空気が澄んで綺麗なだけに、展示室内の空気環境は最悪だった。展示品に影響がなければいいんだけど・・・。現在、金沢市に妹島氏が美術館を設計しているけど、こういう設計では困るなぁ。もう少し、展示品のことを考えた材料選びなどをして欲しいものだ。

何故か、プロパン庫があり 6本もボンベがあった。曲面の壁で囲ってあり全体の中でデザインされていた。建築の素人にはまさかそれがプロパン庫とは思わないでしょう。一階の外構は砂利敷きだけど、どうやってボンベを運ぶかに私は興味がある。もう一つの興味は、熱源が何かです。管理室の湯沸のためだとすると・・・砂利の上を運ばせるのかよ。そんなの電気でいいじゃん・・・ということになっちゃう。とすると、資料館のエアコンの熱源なのだろうか? 灯油にすれば長いホースでタンクにアプローチすることもできるけど、ボンベだと持っていく必要がある。砂利の上を引きずってことだろうか? 建築家は建物のことだけを考えればいいのかなぁ。プロパン屋さんがどうアプローチするか考あるのか不思議になってしまう。

きっと、サンダーバードの基地のように管理人室でスイッチを押すと、砂利敷きの外構がパックリ割れて、ボンベ台車が通る道が迫り上がってくるとか・・・うわぁ、格好いい。それでこそ、建築家 !!!

建築は、性能を満たしてから、初めてデザインのことを語るべきでしょう。デザインが先にありきでは、一般の方(建築関係以外の方)の共感を得ることは難しいと思います。日本建築学会賞をとる実力のある方は、そういうことを押さえての建築家であって欲しいものだ。

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飯田市美術博物館
長野県飯田市追手町2-655-7
原広司+アトリエ・ファイ建築研究所
吉川・勝間田・太田他JV
1988.09 SK1989/04/P189・NA1989/0320/P202

内部のコンクリート打ち放しは、10年経ったと思えないくらい綺麗だった。それに比べて屋上庭園 ? の腰壁などの打放しの汚いこと !!! 屋上の床仕上げは押えコンクリート金ゴテだろうけど、腰壁同様に殆ど黒色状態に汚れてしまって、廃墟といってもいい感じだった。『コンクリート打ち放し』が好きな学生は一度訪れて、なれの果てを観るといいのではないか ?
内部階段の勾配のきつさには驚きです。公共施設でこういうことが許されるのか ? 住宅の階段のようで階高が大きい分二階へ上がるのに疲れてしまう。かなり変です。靴を履いて使うか、靴を脱いで使うかで階段の寸法は随分違う。階段が快適に上れないような設計をする方は尊敬できない。建物を使うための寸法感覚が無いなら建物以外のデザイナーになるべきだ。

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神長官守矢史料館
長野県茅野市宮川389-1
藤森照信+内田祥士(習作舎)
田村建設
1991.02 NA1992/0224/P109

諏訪インターを出てから右へ。高架を上がる前の信号を右折。突き当たりの生コン屋の信号を右折。信号一つ通り過ぎて、ちょっとひろみになっているところを左に上がったところ。
話好きの管理人さん(藤森氏のお父さん)が、建物と展示物の説明を丁寧にしてくれる。藤森氏が案を出し、内田氏が実施設計や現場監理をするといった二人三脚的に造られた建築。この建物を造るに至った経緯や材料の選び方などを書いた藤森氏の本を読んでいたので、ガラスや屋根の鉄平石を観ながら『なるほどね』と納得しつつ見学することができた。小さいけれどこだわりの一品という感じ。でも、普通の方が観ると、どうみても『ほったて小屋』にしか見えないと思うがどうなんだろう。

鉄平石は昔からこの辺の屋根材などに使われていた。重いせいもあって次第に使われなくなり職人さんも殆どいなくなった。残念なことだ。

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岡谷市立湊小学校
長野県岡谷市湊3丁目6-1
大高建築事務所
1973

26年前の建物か・・・。神長官守矢史料館から松本へ行く途中、諏訪湖のほとりで見つけることができた。古く汚れていますが、画一的な鉄筋コンクリートの小学校とは違った雰囲気ですぐにわかった。あの時代に「教科書通り」から外れた設計を納得して貰うのは大変だったろうと思う。鉄骨が錆びてあまり補修をかけていないようなのが、寂しかった。後から増築された物置の外壁が、本体と同じ様な煉瓦的に合わせてあったのが、笑えた。直方体の教室棟と斜め屋根の棟がくっついているのがちょっと ?
メンテナンスをどうやっているのかわからないが、26年でこの姿になるのは考えものです。せっかく作家事務所に設計を依頼したのだから、一度きちんと改修工事をやって欲しい。道路を走っていて目につくフォルムを持っているのだからもったいないと感じる。

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1999年10月24日 Sun

長野の建築

903km・燃費14km/L
松本市発→窪田空穂記念館→上高地経由→金沢15:00着


窪田空穂記念館
長野県松本市大字和田1715−1TAK建築・都市計画研究所
金丸工務店
1993.05 SK1993/08/P232・NA1994/0221/P79・NA1993/0802/P132
1995年 日本建築学会作品選奨

今回見学した建築の中では一番のお気に入り。実は郡山市立美術館が大手設計事務所のように大味だったので、これも観に行こうか迷った。でも行って正解だった。ところどころにディテールが盛り込まれて、神経の行き届いた設計になっている。玄関上の菱形の格子組交点の雨水たまりには、排水用の V字型の金物が入れられていたり・・・。吹抜部分の菱形格子組部分のガラスはペアガラスを使ってあった。低層部は普通のシングルがらすだった。
玄関ドアの方立にカバー付のインターフォンが埋め込まれていた。カバーは方立と同じ木製で、これを外すとインターフォンが入っている・・・って誰が気付く? ちょっとやり過ぎって感じ? 建物がちょっと大きな住宅くらいの大きさだからここまでやっているのをみても「ありかも」と思ってしまう。

低層部和室の障子が入っている敷居には樹脂製の『敷居滑り』が貼ってあった。紫外線と温度変化に負けたのだろうか、パリパリにめくれ上がって折れていた。これだけしっかりと本物を使った建築なんだから、堅木を埋め込んでやるべきだったのではないだろうか ? こういう事実をみると『樹脂』を建築に使うことの危険さ、短命さをしることができます。 6年でこういう具合になるのですから・・・。 そういう幾つかの細かい欠点を見た上でも、この建築は私の興味をひきますし、丁寧に設計されている事が伺えます。しかし、派手さがないので若い人には受けないかもしれない。そんな風潮に悲しさを感じるのだが・・・。

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